
割り込みと深い作業——二つの時間を比べる
この記事の要点
- 割り込みの多い時間と、深い作業の時間は、長さが同じでも生み出すものが違う。
- 違いの源は、切り替えのたびに前の作業へ注意が残留し、立ち上げ直しが必要になることにある。
- 両者は優劣ではなく用途が異なる。問題は、深い時間が割り込みに侵食されやすいことだ。
同じ二時間でも、過ごし方によって残るものはまるで違う。絶えず割り込みが入る二時間と、ひとつの問題に没頭する二時間。時計の上では等しいこの二つを並べ、何がその差を生むのかを見ていきたい。
割り込みの時間——立ち上げ直しの連続
割り込みの多い時間の特徴は、作業の切れ目が外から決められることにある。短い処理をいくつもこなし、そのたびに別の文脈へ移る。一見すると、多くのことが片づいているように感じられる。実際、件数だけ数えれば成果は多い。
しかし経営学者ソフィー・ルロワが示したように、ある作業から別の作業へ移っても、人の注意はすぐには切り替わらず、前の作業に残留する。新しい作業に取りかかるたびに、人はこの残留を抱えたまま、ゼロに近い状態から文脈を立ち上げ直さなければならない。立ち上げのコストが、切り替えの回数だけ積み重なる。割り込みの時間とは、この立ち上げ直しの連続だと言える。
深い作業の時間——文脈が積み上がる
一方、ひとつの問題に没頭する時間では、文脈が断たれずに積み上がっていく。前の十分が次の十分の足場になり、思考は段を重ねるように進む。作家のカル・ニューポートは、こうした認知的に要求の高い集中を「深い仕事」と呼び、容易に複製できない価値はここから生まれると論じた。
ここで効いているのは、注意の連続性である。心理学者ダニエル・カーネマンの言う「システム2」は、熟慮を担う一方で消耗しやすく、立ち上げにも時間がかかる。一度立ち上がった集中を保てるなら、その立ち上げコストは一回分で済む。深い時間の生産性は、作業そのものの速さよりも、中断されずに続いたという事実に支えられている。
優劣ではなく、侵食の問題
では深い時間が常に優れているのかと言えば、そうではない。多くの軽い処理は、深い集中を必要としない。むしろそれらに深い注意を割けば、希少な集中を浪費することになる。割り込み的な処理と深い作業は、本来は用途の異なる二つの時間であり、優劣で並べるものではない。
問題は、両者が対等に守られていない点にある。割り込みは外から侵入してくるが、深い時間は意識的に確保しなければ立ち上がらない。放っておけば、深い時間は割り込みに食われていく一方だ。だからこそ、二つを混ぜずに分けて配置すること——いつ割り込みを受け、いつ受けないかを先に決めておくことが、注意の設計の出発点になる。注意が希少資源であることの含意はサイモンをめぐる稿で、通知への対処は別稿の問答で掘り下げている。
参考・出典
- Sophie Leroy「Why is it so hard to do my work?」Organizational Behavior and Human Decision Processes, 2009年。注意の残留について。
- カル・ニューポート『大事なことに集中する(Deep Work)』ダイヤモンド社、2016年。