本文へスキップ
Attention Handoff
協働と調整

調整コストは消えない、移動するだけだ

· · 3分

この記事の要点

  • 道具を増やして個々の作業を速くしても、協働全体が速くなるとは限らない。
  • 各作業の短縮分は、しばしば作業のあいだをつなぐ「調整」のコストへと移動する。
  • 調整コストは消去できない。どこに置くかを選べるだけだ、と考えるほうが現実に合う。

新しい道具が入り、一つひとつの作業は確かに速くなった。それなのに、仕事全体が終わる時刻はあまり変わらない——協働の現場では、この不可解な感覚がしばしば報告される。個々の高速化が、全体の高速化に結びつかない。なぜか。

速くなったのは「作業」、増えたのは「あいだ」

一つの仕事は、いくつもの作業の連なりでできている。そして作業と作業のあいだには、必ず受け渡しがある。前工程の成果を後工程が受け取り、解釈し、自分の作業に接続する。この接続の手間を、ここでは調整コストと呼ぶ。

道具によって各作業が短くなると、相対的に、調整の比重が大きくなる。十の作業がそれぞれ速くなっても、それらを束ねる九つの受け渡しが速くなったわけではないからだ。むしろ、各人が速く動けるようになった分、受け渡しの頻度が増え、調整の総量はかえって膨らむことがある。

調整コストはどこへ行くのか

注意の観点から見ると、調整コストの正体は、文脈の切り替えに伴う負荷である。経営学者ソフィー・ルロワは、ある作業から別の作業へ移っても、人の注意は前の作業に「残留」し、すぐには切り替わらないことを示した。受け渡しのたびに、受け取る側はこの残留を抱えたまま、新しい文脈を読み直さなければならない。作家のカル・ニューポートは、この残留が積み重なる働き方を「浅い仕事」と呼び、価値を生む集中とは別物だと論じている。

つまり、各作業を速くする最適化は、しばしばこの切り替えの回数を増やす方向に働く。短い作業を細かく行き来するほど、残留は溜まる。速くなったはずの現場が、なぜか疲れている——その背景には、移動した調整コストがある。

消せないものを、置く場所を選ぶ

ここから導かれるのは、調整コストはゼロにできないという認識だ。受け渡しがある限り、解釈と接続の手間は必ず発生する。できるのは、それを消すことではなく、どこに置くかを選ぶことである。受け渡しの回数を減らすために作業のまとまりを大きくするのか、受け渡しの様式を標準化して解釈の手間を下げるのか。選択肢は設計の問題になる。

もっとも、まとまりを大きくしすぎれば、今度は柔軟さが失われ、手戻りが増える。標準化を進めすぎれば、例外への対応力が落ちる。最適な置き場所は一様ではなく、仕事の性質によって動く。協働の改善とは、個々の作業を速くする競争ではなく、調整コストをどこに集約し、どこから注意を引き上げるかという配置の問題なのだと言える。ボールの所在をめぐる議論は別稿の問答でも扱った。

参考・出典

  1. Sophie Leroy「Why is it so hard to do my work? The challenge of attention residue when switching between work tasks」Organizational Behavior and Human Decision Processes, 2009年。注意の残留について。
  2. カル・ニューポート『大事なことに集中する(Deep Work)』ダイヤモンド社、2016年。集中を要する仕事と「浅い仕事」の区別について。

不定期の観察ノート

注意の移動についての新着を受け取る