
調整コストは消えない、移動するだけだ
この記事の要点
- 道具を増やして個々の作業を速くしても、協働全体が速くなるとは限らない。
- 各作業の短縮分は、しばしば作業のあいだをつなぐ「調整」のコストへと移動する。
- 調整コストは消去できない。どこに置くかを選べるだけだ、と考えるほうが現実に合う。
新しい道具が入り、一つひとつの作業は確かに速くなった。それなのに、仕事全体が終わる時刻はあまり変わらない——協働の現場では、この不可解な感覚がしばしば報告される。個々の高速化が、全体の高速化に結びつかない。なぜか。
速くなったのは「作業」、増えたのは「あいだ」
一つの仕事は、いくつもの作業の連なりでできている。そして作業と作業のあいだには、必ず受け渡しがある。前工程の成果を後工程が受け取り、解釈し、自分の作業に接続する。この接続の手間を、ここでは調整コストと呼ぶ。
道具によって各作業が短くなると、相対的に、調整の比重が大きくなる。十の作業がそれぞれ速くなっても、それらを束ねる九つの受け渡しが速くなったわけではないからだ。むしろ、各人が速く動けるようになった分、受け渡しの頻度が増え、調整の総量はかえって膨らむことがある。
調整コストはどこへ行くのか
注意の観点から見ると、調整コストの正体は、文脈の切り替えに伴う負荷である。経営学者ソフィー・ルロワは、ある作業から別の作業へ移っても、人の注意は前の作業に「残留」し、すぐには切り替わらないことを示した。受け渡しのたびに、受け取る側はこの残留を抱えたまま、新しい文脈を読み直さなければならない。作家のカル・ニューポートは、この残留が積み重なる働き方を「浅い仕事」と呼び、価値を生む集中とは別物だと論じている。
つまり、各作業を速くする最適化は、しばしばこの切り替えの回数を増やす方向に働く。短い作業を細かく行き来するほど、残留は溜まる。速くなったはずの現場が、なぜか疲れている——その背景には、移動した調整コストがある。
消せないものを、置く場所を選ぶ
ここから導かれるのは、調整コストはゼロにできないという認識だ。受け渡しがある限り、解釈と接続の手間は必ず発生する。できるのは、それを消すことではなく、どこに置くかを選ぶことである。受け渡しの回数を減らすために作業のまとまりを大きくするのか、受け渡しの様式を標準化して解釈の手間を下げるのか。選択肢は設計の問題になる。
もっとも、まとまりを大きくしすぎれば、今度は柔軟さが失われ、手戻りが増える。標準化を進めすぎれば、例外への対応力が落ちる。最適な置き場所は一様ではなく、仕事の性質によって動く。協働の改善とは、個々の作業を速くする競争ではなく、調整コストをどこに集約し、どこから注意を引き上げるかという配置の問題なのだと言える。ボールの所在をめぐる議論は別稿の問答でも扱った。
参考・出典
- Sophie Leroy「Why is it so hard to do my work? The challenge of attention residue when switching between work tasks」Organizational Behavior and Human Decision Processes, 2009年。注意の残留について。
- カル・ニューポート『大事なことに集中する(Deep Work)』ダイヤモンド社、2016年。集中を要する仕事と「浅い仕事」の区別について。